カナディアン ヴィレッジ
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星野文庫に新刊が揃いました!
去る11月21日、生まれ育った日田盆地が名物の朝霧にすっぽりとおおわれた朝、
皆に看取られ静かに親父が逝きました。昭和2年生まれの79歳でした。若い頃、土木
工事で削岩機を使うトンネル工事などに従事したことがあり、また煙草も吸っていた
影響か7〜8年前から「塵肺」を患っておりました。8人兄弟の長男ということで戦
地には赴かず(次男は満州からシベリヤ抑留の体験者)大分の軍需工場で働いたと聞い
たことがあります。戦後、大工の弟子に行ったが、食糧難の時代であったので親方の
家の牛の世話ばかりであまり大工仕事は教えてもらえなかったそうです。私が最近、
自分の子供達に食べ物のことでうるさく言ったり、素人ながら大工仕事をしたがるの
はどこかその影響が大きいのかもしれません。親父は尋常高等小学校しか出ていませ
んでしたので今のような学歴社会に対して「反骨精神」がありました。お酒が入ると
『俺は、行かん大学出だ。』と笑っておりました。口数は多い人ではなく、私達子供(3
人でしたが三十数年前に、一番下の妹を病気で亡くしました)には背中で教育をしてく
れたのではないかと思います。少し古い言い方ですが「義理と人情の人」また「気配
りの人」でした。小さい頃は悪いことをして厳しく叱られたり、兄弟喧嘩をしていて
殴られたりしたこともありますが、私が高校受験に失敗した時も、サラリーマンを辞
めて今の仕事を始めたいと夢を語った時も、何も言わずにそっと応援してくれました。
昭和38年頃、独立して建設業を始め、兄弟達の協力を得て平成13年の春に、後
継者もなく、また、公共工事の大幅な減少ということもあり自主廃業するまで約38
年間、土建業を営んできたのだということを亡くなって改めて知りました。
私にとっての親父は「自己完結型のりっぱな人生であったと、誇りに思っています。」
親父の身長は1m60cmにも足りませんでしたが、若い頃、一緒に風呂に入ると首の
後ろにコブと見間違えるような「担いダコ」があったのを、子供心によく覚えていま
す。昔は今のようにユンボやクレーンといった重機もなく、全て人力での土木作業で、
苦労した証であったでしょう。男として何処か憧れのようなものを感じておりました。
晩年は『俺達は、いい時代を生きてきた』と言っておりました。棺の中には大好き
であった「日本酒」を、いつかあの世で私も一緒に飲めるようにたくさん入れました。
当カナヴィレのお客様の中にも生前、交流させていただいた方々がおられます。
父に代わりまして、ご厚情に感謝申し上げます。

おことわり     
実の父親が亡くなり、喪中であれば新年のご挨拶を失礼させていただくのが
社会の慣習かと存じますが、故人が息子の拙文の「九重かわらばん」を楽しみ
にしてくれていた、とのことですので、私の考えで新年号を出させて頂きました。
カナディアンヴィレッジ 代表 長尾 武彦

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